今回は鉄道開業150周年を記念して発売された乗り放題きっぷ「東日本パス」を利用して、東北岩手県へ向かいます。東北新幹線の停車駅である盛岡やカッパの伝説が残る遠野といった田舎情緒があふれる山並みを堪能する旅となりました。
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鉄道開業150周年記念「東日本パス」を購入!
今年は鉄道開業150年の記念イヤーで、新橋駅と横浜駅を結ぶ日本初の鉄道が走り始めて150年になります。そんな鉄道開業150年を記念してJR東日本から発売されたのが、今回利用する「東日本パス」です。
この東日本パスは、フリーエリア内の鉄道に3日間すべて乗り放題となり、なんと新幹線も乗り放題!これで22,150円はとてもお得!これは東京駅ー盛岡駅間を往復するだけで30,000円になることを考えると素晴らしいフリーきっぷであることがわかります。
ついに東日本パスを発券しました!実は3日前までの購入と知らず、旅程を変更するはめに、、、、
旅程を変更したことで、ホテルのキャンセルなどがありましたが、なんとか岩手には行けそうです。 しかし3日前時点で乗る列車はほぼ全て満席!全国旅行支援+東日本パスの威力凄まじい、、、
新幹線や快速などの指定席券を含めると10枚にもなるきっぷが一気に発券されるので、これらのきっぷをなくさないように持っておくのが一苦労でした。
東北新幹線に乗って盛岡駅到着
はやぶさに乗ってわずか2時間弱で盛岡駅に到着! Wi-Fiもコンセントもある東北新幹線は非常に使いやすい新幹線ですね。 盛岡駅の字体が明朝体なのはなんでなのか、、、
盛岡駅には新幹線のほかJR東日本の東北本線、田沢湖線、山田線、釜石線、花巻線が乗り入れている他、IGRいわて銀河鉄道も利用することができます。今回の鉄道開業150周年東日本パスでもこのIGRいわて銀河鉄道が利用することができ、この鉄道を利用して青森に向かうこともできます。
盛岡の散策はレンタサイクルで
盛岡駅から徒歩5分ほどの駐輪場では爆安のレンタサイクルが借りられます。 その料金1日わずか200円!主要な観光地でこの価格は破格ですね。宇都宮などと同じく、不法投棄などで行政が回収した自転車をレンタサイクルとして再利用しているようです。同じ場所でHello cyclingも15分100円で利用できますが、こちらのほうが確実にお得です。
東京駅と同じ建築「岩手銀行赤レンガ館」
レンタサイクルで盛岡駅から少し離れた岩手銀行赤れんが館に来ました。 東京駅と同じ辰野式の建築で、中も見学する事ができます。 2012年までは銀行として使用されていたことも驚きですね。
1994年には、現役の銀行建築としては初となる重要文化財に指定されるなど、建物としての価値が高いことが伺えます。
設計は東京駅や日本銀行本店などを手掛けた辰野金吾と、森岡出身の葛西萬司が手掛けました。辰野建築と呼ばれる特徴的な赤煉瓦の建築物は佐賀をはじめ多くの場所で訪れました。
盛岡の実業家が残した庭園「南昌荘」
盛岡の実業家によって建てられた「南昌荘」 は、かつての総理大臣原敬をはじめ多くの人物の別荘として利用されました。
明治大正昭和平成と行きながられたこの場所は今では300円で市民が楽しめる場所となっていることは素晴らしいことだと思います。
盛岡初の西洋建築「旧石川県令邸」
南昌荘から歩いてすぐの場所には、盛岡で初の西洋建築とされている旧石井県令邸があります。
今はさびれ切って蔦に覆われた建物ですが、窓や扉に見られる意匠が当時の技術を知らせてくれますね。
これだけの建築なのに、管理はしていないのでしょうか。逆にこのビジュアルのおかげで注目を浴びそうですね。
新渡戸稲造の誕生地
元5,000円札こと新渡戸稲造さんの出身はここ盛岡でした。 彼は「武士道」を執筆し、国際連盟事務次長も務めた日本の国際社会参画に寄与した人物です。生誕の地として銅像が飾られた一角は、ひっそりとしていながら、公園のように手入れがされていて、誰でも入ることができます。
「願わくはわれ太平洋の橋とならん」との思いを抱き第一次世界大戦後の国際連盟をまとめました。当時は世界共通語として開発されたエスペラント語を公用語としましたが、フランスなどの反対により国際連盟でのエスペラント語は採用見送りとなってしましました。
岩手にはこのエスペラント語を様々な場所でみることができるので、新渡戸稲造を始めとした多くの人と縁があったのかもしれませんね。
420年以上残る擬宝珠が装飾された橋
新渡戸稲造生誕の地から歩いてすぐの場所には下の橋という古い木造の橋が架かっています。この橋は豊臣秀吉から盛岡城の築城を認可された南部信直が城下町の整備を行ったときに作られたものです。下の橋がかかる中津川は、盛岡城と城下町を結ぶ貴重な橋となっており、南部氏も重要視していたことがわかります。
当時架けられた橋は洪水により修復されましたが、当時に作られた橋の装飾である擬宝珠は420年前から残っているものとして盛岡市の指定文化財に指定されています。擬宝珠の側面にもしっかり慶長16年という表記がありますね。
江戸時代から残る湧き水「大慈清水」
江戸時代から湧水池として知られていた大慈寺周辺は明治初期以降、引水によって地域の人々の生活用水として使用されてきました。組合によって管理運営され、当時の姿のまま現在も残されています。
一番井戸は飲料水、二番井戸は米とぎ場といった具合に水の用途によって洗い場が定められています。水の流れる方向に向かって、汚れた水が下流に来るように作られています。
かつての南部氏居城「盛岡城跡公園」
江戸時代、南部藩の城下町として栄えた南部盛岡の不来方城である盛岡城ですが、その城跡が今は公園になっています。
盛岡城はかつてこの地域を治めていた南部氏の居城でした。1600年関ヶ原の戦いで勝利した徳川軍に属していた利直は地名を「盛り上がり栄える岡」という意味を込めて「盛岡」と改めました。
廃藩置県後は廃城となり、城郭のほとんどの建物が解体されました。1906年には岩手県へ貸与され、100年記念の2006年に「盛岡城址公園」と名前を改めます。
石を割って咲く盛岡名物の桜
盛岡地方裁判所の敷地内には、巨大な花崗岩を割ってエドヒガンザクラが咲いています。樹齢360年以上にもなるという桜は毎年美しい花を咲かせます。大正時代には国の天然記念物にも指定されています。
盛岡駅に戻り、釜石線で遠野へ
とってもお得だったレンタサイクルを返却し、盛岡駅へと戻ります。途中、盛岡で有名な冷麺の名店ぴょんぴょん舎に並ぶ行列を横目に私はカッパ伝説がのこる遠野へと向かいます。
冷麺が食べられない空腹をきゅうりで満たし、カッパに会うべく釜石線に乗り込む。
旅は、つづく。
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