福井旅行2日目は、敦賀港や日本三大松原である気比の松原などがある敦賀の街を散策します。かつて敦賀湾へとやってくる船舶を受け入れた敦賀港と福井や京都を結んだ鉄道の跡をめぐります。
敦賀は2024年3月には北陸新幹線が開業し、東京からわずか3時間で来ることができるようになります。新幹線ができる少し前に敦賀という街の魅力を堪能してきました。
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敦賀をシェアサイクルで散策
シェアサイクルを利用して、敦賀市街を散策します。 敦賀駅前や主要な目的地にはシェアサイクルのポートが設置してあるのでバスなどを利用するよりも自分のペースで移動することができます。わざわざ登録をしないでもドコモバイクシェアのアプリに登録していれば利用できるので、すぐに使い始めることができました。
敦賀駅前とこれから訪問する敦賀港のエリアに多くのポートがあったので、この間の移動に利用しました。最初の60分につき、220円/回の料金で移動できます。
自転車を漕いでいると、タバコ屋さんでは猫が店番をしている様子がみえました。かわゆい。
古事記、日本書紀にも書かれている氣比神宮
敦賀にある氣比神宮は、北陸道総鎮守と呼ばれており、日本書紀や古事記などにも記されるほど古くからこの地を守っていた神社です。境内にある角鹿(つぬが)神社が「敦賀」という地名の由来になるほど地域に根付いた神社であることがわかります。
社殿の多くは第二次世界大戦の空襲によって焼失してしまいましたが、運良く焼失を免れた鳥居は「日本三大木造鳥居」にも数えられる壮麗な朱塗鳥居であり、国の重要文化財に指定されています。
かつてヨーロッパと日本を結んでいた敦賀港
自転車を漕いで、敦賀港にある赤れんが倉庫へ来ました。 敦賀港はかつてヨーロッパへの玄関として開かれていた港で、このような西洋建築が随所に見られます。この建物は1905年に石油貯蔵用の倉庫として使用されていました。
平和の象徴「敦賀ムゼウム」
敦賀港は、ポーランドの難民が上陸した日本唯一の港です。 杉原千畝の「命のビザ」で知られるこの出来事を後世に残すための資料館が新しく作られたそうです。 西洋風のこの建築は、かつての敦賀港駅税関などがあった位置に復元しています。
美しい弧を描いたような敦賀湾 天気も良く心地のいい場所でした。
敦賀鉄道資料館は旧駅舎を再現
敦賀港エリアには、敦賀鉄道資料館があり、この建物はかつて港についた貨物を運搬するために使われていた敦賀港駅を模したつくりになっています。
敦賀港を俯瞰した模型が展示されていましたが、現在も残る土地からどのように線路が引かれていたかをイメージできます。
明治から昭和初期までは、敦賀港からシベリア鉄道を利用しヨーロッパへの道が繋がれていました。日本から鉄道でヨーロッパに行けていた時代があったことに驚きですね。
明治45年には東京新橋からウラジオストクを経由してヨーロッパへ行ける直行列車が運行し、歌人の与謝野晶子もこれに乗車しました。当時は日本からパリまで一ヶ月の船旅でしたが、この列車により17日で移動することができるようになったそうです。
運賃は現在の価値で100~150万円ほどかかったそうです!今で言う飛行機のファーストクラスのような扱いだったのかもしれませんね。
かつての日本の玄関口へ新たに北陸新幹線が乗り入れるようになるというはまたロマンを感じます。
冬期にはミライエ 敦賀というイルミネーションも
美しい敦賀港のエリアでは冬期にはイルミネーションが行われます。ミライエ敦賀と呼ばれるイベントで、2022年にはこのイベントが行われる予定だそうです。最新情報については公式サイトをご確認ください。
敦賀日本海さかな街
敦賀日本海さかな街は、敦賀港から直送された魚介が並ぶ鮮魚店や、水産加工の店、昆布・珍味・銘菓の専門店など40数店が入っています。海鮮丼・寿司・焼き鯖・特産品の専門店やレストランなど17店舗の飲食店が軒を連ねる巨大海鮮市場です。
敦賀港からは自転車で20分ほどの距離にあるので、訪問する場合には車などで移動するのがおすすめです。
昼食は福井名物ソースカツ丼
昼食は福井名物ソースカツ丼の元祖「ヨーロッパ軒」でカツ丼をいただきます! 本店のビルは不思議建築で目を引く作りになっています。
このヨーロッパ軒は、ドイツで修行した創業者の師匠から、当時ハイカラ出会ったカツレツとウスターソースを引き継ぎ、福井の名物を生み出しました。 細やかなパン粉に包まれた旨味溢れるカツが美味い!
ヨーロッパと言いながら、店内には座敷があります。このお店が庶民的である様子がわかりますね。
日本三大松原「気比の松原」
日本三大松原の一つ、気比の松原へやってきました。1kmも続く立派な松原と、白砂の海岸が美しいコントラストになっています。 聖武天皇の時代、賊の襲来を守るため一気に出現したという伝説も残るほど古くから松原として存在しています。
以前訪問した日本三大松原である佐賀の「虹の松原」ほど鬱蒼しているわけではなく、美しく整列した松から日が射していて木漏れ日になっている様子が趣を感じますね。
虹の松原がある佐賀や大分を旅したときの記事がこちら
敦賀市立博物館
続いてやってきたのは、旧大和田銀行本店である敦賀市立博物館。建物は国の重要文化財にも指定されている西洋風の建築で、敦賀で銀行を開いた大和田荘七によって建てられました。 銀行としてだけでなく、レストランや集会場などを備えた庶民に開かれた銀行です。
庶民に開かれた銀行、ということを象徴するのが、銀行の正面入口を通らずとも地下のレストランに入れる構造にあります。 少し堅苦しい窓口からの視線を気にする事なく普段通りにレストランを使えるようにした工夫に創業者の気遣いが感じられますね。
重厚な内装と豪華な調度品たち
館内へ入ると、西洋の銀行のような大理石と柵がそのまま残されています。博物館の展示は常設展・特別展ともに300円で見ることができます。
銀行を訪れる要人などを出迎えるための貴賓室も見学することができます。カーテンや椅子などは復元したものですが、テーブルやソファーなどは当時のままだそうです。ここで北陸と関西をつなぐ商売の話し合いが進められていたのでしょうか。
大正時期に作られたエレベーターは建物の竣工当時に設置されていたものです。日本製のエレベーターは大正時代から製造され始め、日本のエレベーター史にも残る貴重なものだそうです。
乗車変更をして早めに大阪へ
早めの時間に列車を変更して大阪へ帰ります。 発券後も一度は窓口で変更できるのが、サイコロきっぷの凄さですね。 しかし、いまだに窓口できっぷを買う方いるんですねぇ。お年寄りとかではなく、若い方でも。
ユダヤ難民のように窓口に押しかける人達を横目に、旅は、おわり
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